パ・デソと学ぼう、バリ語の基礎
第2回「Lenga kija?〜挨拶」
<プレビュー版2>
■はじめに
- ウブッド滞在中、私は宿泊先の家族からバリ語を習いました。やはり最初は挨拶からということで、質問し始めました。"Apa birang didalam bahasa Bali, 'Selamat pagi'?"(バリ語で「おはよう」は何と言うの?」しばらく考えてから、ご主人は言いました。"Tidak ada"(無いよ)と。
- 気を取り直し、再度聞きました。"Ya, Apa..., 'Selamat siang'?"(じゃあ、「こんにちは」は?)と。ご主人の答えは同じでした。
- 夕方や夜の挨拶についても聞きましたが、どれも"Tidak ada" でした。笑い話みたいですが、これが私のバリ語の習い始めでした。
- ここで、ご主人の言った「バリ語に挨拶はない」というのは、インドネシア語に対応する言葉がないということなのです。
- では、何と言えばよいのでしょうか。今回はそれを学びましょう。
■例文(イタリックの箇所がバリ語です)
- Sudah satu minggu Pak Desa meninggali di Ubud.
- Seprti biasa Pak Desa bangun jam tujuh.
- I Nyoman menjelang kamar Pak Desa.
- Desa: "Selamat pagi, Man."
- Nyoman: "Selamat pagi, Desa."
- Desa: "Sebentar, ya. Apa bilang didalam bahasa Bali, 'Selamat pagi'?"
- Nyoman: "Anu, Desa. Tiada kata sesuai dengan 'Selamat pagi' didalam bahasaku."
- Desa: "Oh ya, betul?"
- Nyoman: "Betul. Kami tidak punya kata-kata salam seperti Bahasa Indonesia."
- Desa: "Kalau begitu apa kita bilang pada waktu itu?"
- Nyoman: "Ya, kamu boleh bilang seperti ini. Misarnya: 'Becik', 'Bayune dingin', atau 'Suba manjus?' untuk anak kecil, dan lain-lain."
- Beberapa waktu kemudian Nyoman berbicara kepada Pak Desa.
- Nyoman: "Lunga kija?"
<語訳>
- becik ブチッ:良い、元気な bayune dingin バユネ・ディギン:その涼しい風(bayu:風+ne:定冠詞、dingin:涼しい) suba スボ:もう〜した manjus マンジュス:マンディ lenga ルゴ:行く kija キジョ:どこへ
<和訳>
- パ・デソがウブッドに来て、1週間が過ぎました。
- いつものように、彼は、7時に目を覚ましました。
- ロスメンのニョマンが近寄ってきました。
- デソ:「おはよう、(ニョ)マン」
- ニョマン:「おはよう、デソ」
- デソ:「あのね。『おはよう』はバリ語で何て言うの?」
- ニョマン:「それが、その・・・。バリ語には『おはよう』という言葉が無いんだよ」
- デソ:「え、本当に」
- ニョマン:「本当さ。バリ語にはインドネシア語みたいな挨拶語が無いんだ」
- デソ:「じゃあ、こんな時、どう言えばいいんだい?」
- ニョマン:「そうだね、こんな時は『すがすがしい』とか、『風が心地よいね』とか、子供にだったら『もうマンディしたの?』とか言えばいいのさ」
- しばらくして、ニョマンはパ・デソに言いました。
- ニョマン:「どこへ行きますか?」
■文法と解説
- ここでの会話は、"suba manjus" が普通語である以外は丁寧語が使われています。会話では、ニョマン(Nyoman)はマン(Man)と呼びます。ちなみに、ワヤン(Wayan)はヤン(Yan)、マデ(Made)はカデ(Kade)、クトゥット(Ketut)はトゥット(Tut)と呼びます。名前に限らず、語を省略するときは、「終わりよければ・・・」の方式で、最終音節を残せばよい訳です。名前の前に、男性には「I」、女性には「Ni」を付けますが、会話では必要ありません。
- 「becik」は、インドネシア語の baik(良い)に当たります。人と遭ったとき、"Apa kabar?"(お元気ですか?)"Kabar baik"(元気です)などと挨拶しますね。バリ語では、"Napi orti?" と問い、"Becik(-becik)" と答えます。これは、インドネシア語をバリ語に翻訳したにすぎません。
- 「bayune dingin」の dingin(涼しい、冷たい)はインドネシア語と同じです。bayune は、bayu と -ne に分けられます。bayu(風)は、大文字で Bayu と書くと風の神様のことになります。-ne は、定冠詞(英語の the)のような役割と三人称所有格を作る接尾辞で、インドネシア語の -nya の用法と同じです。普通は e ですが、くっつく語が母音(a, e, e, i, o, u)で終わっている場合は ne となります。例文では、「今朝の風は(いつもと違って)すがすがしい」という具合に風の様子を特定しているので、このような場合 -(n)e を付けます。
- suba は、インドネシア語の sudah(もう〜した)と同じです。manjus と同じ意味の言葉に kayeh があります。これらは、自分や同等、目下、知人に対して使うのは構いませんが、面識のない人や目上、特に年配の人に対して使うと失礼になります。そのため、丁寧語を用いたり、敬称を添えたりします。丁寧な言い方は次の<朝・夕方の挨拶>の箇所にあります。敬称については第3回「人称」のところで詳しく解説します。
■定番の挨拶
- では、日常よく交される定番の挨拶例をあげてみましょう。文中の( )内は省略できます。例文は後になるほど丁寧になります。和訳でニュアンスをつかんでください。(同等)などは想定される対話者です。
<朝・夕方>
- 問:"Suba manjus?"「マンディした?」(同等、目下、子供)
答A:"Suba" または "Ba".「したよ」
答B:"Tonden" または "Nden".「まだだよ」
- 問:"Sampun kayeh?"「マンディしましたか?」(同上、大人)
答A:"Sampun" または "Sampun kayeh".「しました」
答B:"Durung" または "Durung kayeh".「まだです」
- 問:"Sampun masiram?"「マンディなさいましたか?」(目上、他人・丁寧)
答A:"Sampun" または "Tiang sampun masiram".「いたしました」
答B:"Durung" または "Tiang durung masiram".「まだしておりません」
- 問:"Sampun masucian?"「マンディされましたか?」(目上・尊敬)
答A:"Titiang sampun masucian"「いたしました」
答B:"dereng" または "dereng masucian".「まだいたしておりません」
- 答え方は、"(Su)ba" か "Sampun"、"(To)nden" か "Durung" で十分です。一般に、長ったらしい言葉ほど丁寧な表現になることを覚えておいてください。
- 子供、あるいは遥かに年下の人から "Sampun 〜?"(丁寧)と問われた場合、"Suba" や "Tonden"(普通)で答えることができます。また、その逆の場合もあります。バリ語は、常に話者同士の地位関係によって言葉を使い分けるからです。
- 試しに、中学生位の子に "Suba manjus?" と聞いてみてください。もし"Sampun" とか "Durung" という答えが返ってきたら、その子は大人の会話ができる(バリでは「もうバリ人になった」と表現します)のです。逆に、敬語が使えない者は、たとい両親がバリ人であっても、「まだバリ人ではない」と言われるのです。
- これは上級者向けのテクニックですから、今のところは気にしなくて構いません。
<外出時、道の途中で>
- 問:"Kija?"「どこへ?」(同等、目下、友人)
答:"(Luas ka) kaja".「北へ」など
- 問:"Lunga kija?"「どちらへお越しですか?」(同等、目上)
答A:"Tiang lunga ring kangin".「東へ参ります」など(目上・丁寧)
答B:"Titiang lunga ring kulon".「西へいらっしゃいます」(意訳)など(目上・尊敬)
- 答え方は、方角を告げるのが一般的です。もちろん、正直に告げても構いません。その場合は、ka+地名(普通)、ring+地名(敬語)となります。
- 「北へ」kaja(普通)−laler(丁寧)−lor(尊敬)
- 「東へ」kangin(普通)−kangin(丁寧)−wetan(尊敬)
- 「南へ」kelod(普通)−kelod(丁寧)−kidul(尊敬)
- 「西へ」kauh(普通)−kulon(丁寧)−kulon(尊敬)
- 取りあえずは、これで十分でしょう。「ka」は、インドネシア語の「ke」(ク)と同じ口(横に大きく開く)で「カ」と発音します。
<帰り道で、帰宅時>
- 問:"Uli dija?"「どこから?」(同等、目下、友人)
答:"Teka uli kaja".「北から」など
- 問:"Saking dija?"「どこから来られましたか?」(目上・丁寧)
答:"Tiang rauh saking kangin".「東から参りました」など
- 問:"Tiang rauh ring dija?"「どちらからいらっしゃいましたか?」(目上・尊敬)
答:"Titiang rauh ring kulon".「西からいらっしゃいました」(意訳)など
- 答え方は、外出時の挨拶に準じます。先の ka/ring と異なり、uli/saking は省略できません。なお、南部バリでは、kaja(北)が聖なる方角とされ、kelod(南)は穢れた方角とされます。北部バリでは逆に、kelod が聖なる方角、kaja が穢れた方角となります。
- インドネシア語と同様、出身地を尋ねるときにも使います。
- 問:"Uli dija?"「どっから来たの?」(同等、目下、友人)
答:"Teka uli Jepun".「日本だよ」
- 問:"Saking dija?"「どちらから参られましたか?」(目上・丁寧)
答:"Tiang rauh saking Jepun".「日本から参りました」
- 問:"Rauh ring dija?"「どちらからいらっしゃいましたか?」(目上・尊敬)
答:"Titiang rauh ring Jepun".「日本からいらっしゃいました」(意訳)
<夜の外出、帰宅時>
- 夜間に外出するときも、基本的には昼間と同じです。
- 目的地になるような言葉を..............に入れて練習してみてください。
- <語彙>peken(市場・普通)、pasar(市場・丁寧)、pura(お寺)、umah wayan(ワヤンの家)、jeroan(貴族の家)、puri(王族の家)、gria=geriya グリヨ(僧侶の家)、kuta(街)、tukad(川)、warung(屋台)、masuk(学校)、Denpasar などの地名。
- 問:"Kija?"(同等、目下、友人)
答:"Ka ...............".
- 問:"Lunga kija?"(目上)
答A:"Tiang runga ring ...............".(目上・丁寧)
答B:"Titiang runga ring ...............".(目上・尊敬)
- 今度は、帰宅時の挨拶をしてみましょう。
- 問:"Uli dija?"(同等、目下、友人)
答:"Teka uli ...............".
- 問:"Saking dij?"(目上・丁寧)
答:"Tiang rauh saking ...............".
- 問:"Rauh ring dij?"(目上・尊敬)
答:"Titiang rauh ring ...............".
- 帰宅が遅くなった時、"Uli Jakarta" などと言い訳してみては如何でしょうか。
<就寝時>
- "Icang suba kiyap. Icang luas ka pedeman".(同等、目下、友人)
- "Tiang sampun arip. Tiang lunga ring pasarean".(目上・丁寧)
- "Titiang sampun arip. Titiang lunga ring pamereman".(目上・尊敬)
- いずれも、「眠くなったので、もう寝ます」というほどの意味です。
- Icang、Tiang、Titiang は、人称代名詞の一人称です。これらは次回で解説します。・・・長い一日がようやく終わりましたね。では、おやすみなさい。
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■語彙
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